「乾、それはどういうことだ」
オレは乾に飛び掛らんばかりの勢いで詰め寄り、詰問した。
「落ち着け、手塚。まず、落ち着け」
両手を前に翳し、降参だというような体で乾はオレを宥めた。
むきになり、自分を見失っていたせいか オレは無意識に乾の胸倉をつかみ、
今にも殴りかかるかのような 状態で乾の前に立ちはだかっていた。
乾は深い溜息を1つつき、ゆっくりと目を上げオレを見据えた。
「お前が落ち着いていなければ何一つ話せはしない」
乾はそっとオレの手を自分の胸元から下ろし、肩に手をかけゆっくりとオレをソファへと
引き戻した。
「いいか、これから話すことを落ち着いて、何も口を挟まず聞いてくれ」
ふと我に返るとオレは不二がすやすやとかわいらしい寝息を立てている寝室の壁に
もたれかかって床に足をほおりなげていた。
乾が何時帰ったのかも、乾が何を話していたのかも全てうろ覚えだ。
水中で話を聞いていたかのように感じる。
乾はなんと言っていた?
何かとてもおそろしいことを言っていた気がする・・・
そう、「不二はもう一ヶ月もつかどうかも分からない」と・・・。
「うわぁぁぁ」
その乾の言葉とともにここ数ヶ月見ていなかった紅い映像が目に浮かぶ。
ぬめりを帯びた紅い手。絶え絶えに発せられる単語たち。
涙を流す不二の姿。
不二がこの手から離れていたあの数ヶ月。
思いだしたくないどころの話じゃない。
思いだせない。
オレは記憶という忌まわしいものを自らの本能で消してしまった浅ましい生き物だ。
他人によって消された不二とは違う・・・。
そっと頭上に温かい空気を感じ、抱え込んでいた頭を上げると不二が幼児を慰めるようにオレの頭を撫でていた。
「不二・・・」
春の日差しのような暖かさで不二はオレに微笑みかけている。
不二の手のひらから伝わる体温があまりに優しくて目から涙が溢れ出てきた。
「どこもいたくないよ、てづか。だいじょうぶ。ぼくが、ついてる・・・」
母鳥が翼を広げて雛を包むようにふわりと 不二の体温と重みが身体に感じられ、
またその体温が狂おしいくらい愛しくなってくる。
ここで不二を壊してしまおうか?
何度も何度も その無垢な心が穢れるまで抱いて。
そしてそのままここにずっと閉じ込めて。
二人永久のときを過ごそうか?
「てづか・・・」
初めて、不二からそっと頬に口つけてきた。
涙に濡れたオレの頬にふんわり柔らかい感触が残る。
「不二?」
ほんのり薔薇色に頬を染めた不二が上目つかいにオレを見上げ、
ちょこんと足の間に納まり抱きついてきた。
「不二!?」
今までこんな風に不二から抱きついてくるなんてことなかったため、
オレは驚き、なかなか素っ頓狂な声を上げてしまった。
「・・・」
答える代わりに不二はぎゅっとオレの背中に回した手に力を込めた。
うつむいてしまったため表情は分からないが 耳がほんのり赤くなっているように思えるのは気のせいか?
もしかして、照れているのか?など思うと、
不二が愛しくて可愛らしくてたまらなくなってきた。
もう不二と離れて生きることなどできない、
例え今ここでオレが不二を抱いたせいで不二の残りの時間が短くなろうとかまわない。
矛盾した心 が出した共通の答えは今、不二が欲しい。
ただそれだけだった。
「不二・・・」
そっと抱き上げてベッドへ連れて行こうと華奢な腕に手をかけると ますます不二が力を込めて、
次は首にしがみついてきた。
「どうした、不二?」
今度はオレが不二の髪をなでてやりながらそっと耳元で囁いた。
「ぼくを、だいてよ。てづか」
TO BE CONTINUED・・・
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