あの久方ぶりの訪問依頼、乾は予告通りによくオレと不二の住むこのマンションにやってくる。
オレと不二の安否を心配してなのか監視しているのか分からないが、
不二にとって外の人間、オレ以外の人間に触れるのはイイコトだと思っていたのだが・・・
「おい、乾・・・」
帰宅後、キッチンからなにやら楽しげな声がするので直行してみると
乾と不二がキッチンでなにやら作っていた。
いや、不二がキッチンに立っているという姿はなにやら 新婚家庭のようで嬉しいのだが・・・。
何故乾がここにいるのか。
そして何故二人はおそろいのレースのエプロンをしているのか。
疑問が怒涛のように押し寄せてきた。
しかも二人で作っているナニかからはお世辞にもよいかおりとはいえない、
異臭に近いものが漂っていた。
「おかえり〜てづか〜」
不二が無邪気に笑顔を振りまきながらこちらを振り返った。
これは新妻をもつ旦那の気分だな、なんて考えたら赤面ものだったがその瞬間
「お帰り〜手塚〜」
と乾が不二の真似をした挙句ぶりっこポーズまでしたものだから一瞬にして顔面蒼白、
乾に何故ここにもうすでにいるのかと問う気持ちすら萎えてしまった。
がっくりと うなだれ、なるべく乾の方を見ないようにして二人に
「何やってるんだオマエら・・・」
と聞くのが精一杯だった。
そんなオレの様子に構うわけでもなく不二はにこにこと
「てづかにげんきのでるたべものつくってるんだよ!」
オタマを振り回しながらはしゃいでいる。
こんなに楽しそうな不二は再び暮らし始めて数ヶ月、見たことがなかった。
かつての友、乾と触れ合うことで元々持っていた明るさを取り戻しているように思えた。
そんな元気で気丈な不二を見るのはなによりオレの楽しみであり 喜びであるのだが・・・
「乾よ・・・そのエプロンは何なんだ」
乾のレースのエプロン姿が視界の端に入る限り素直に喜べないものがある。
「あぁ、コレ?うちのなんだよ。オレと薫のv」
「あぁ、そうか・・・」
げんなり度20%増しでもうどうでもよくなってきたが乾は話し続けている。
「本当は薫にあげようとしたんだよ〜おそろいで。
そしたら殴られちゃってさ。
だからサイズが近い不二にあげようと思って。 手塚もよろこぶだろうし?」
意味深げに乾は目配せをしてきた。
いつものことだが見抜かれてる。
この怖いぐらいの観察力をもっと他のことに使えばいいのに・・・。
確かにエプロン姿の不二にはドキっとする。
もし乾がいなかったら確実に抱いていた。
最近、自分の中に巣食う獣が鎖を噛み千切っているのを自覚してきたほどだ。
見境ないほどに不二を抱いている気がする。
そのせいで不二はたいてい1日中寝室にいるのだが。
ぼんやりとエプロン姿の不二を眺めていたら 不二が視線に気づいたらしく振り返ってニコリと微笑む。
微笑んだ不二の首元には昨夜オレがつけたキスマークがついている。
「もうちょっとでできるからね」
不二が向き直って調理台にむかうのとすれ違いに乾が振り向いて、
首筋を指差してにやにや笑っている。
また乾につけこまれる要因ができたな、 と苦笑いを返すことしかできなかった。
しかしこんなに和やかな時間を過ごしたのは何時以来なのだろう・・・。
きっとあの時以来だ。
乾がうちにくるようになってから確かに不二は明るくなった。
よく笑い、よく話す。 昔の彼そのままだ。
最近、ふと気づけばオレも自然に微笑んでいる。
微笑まずにはいられない、幸せで温かい空気が流れているのだから。
恐怖感すら覚えるほどの温かい、安定した幸せ。
崩れかけた現実の上になりたつこの幸せ。
誰が疑うだろう、この不二という男の真実を。
考え出すと終わらない悪夢的思考に囚われるオレをそこから救ってくれるのはいつも不二だ。
今もまた、永遠の思考の泥沼へ光を投げかけ、地上に 引きずりあげてくれるような笑顔で、オレの目を覗き込んできた。
「できたよ?」
食卓に並べられた食器や調味料から察するに今夜のメニューはシチューであるはず。
なのに・・・ 淡いエメラルドグリーンを帯びた汁が皿に注がれた。
「不二、コレはなんだ?」
聞くべきではないと本能的に察知していたがこれから口に入れるもの安全確認をしておきたかった。
しかも不二が作ってくれたものだ 残すわけにいかない。
おそるおそる隣に立ってオレが食べるのを今か今かと楽しそうに待っている不二に 聞いてみた。
「いぬいじるいりシチュー!」
にっこり笑って自慢げに微笑む不二の後ろで乾が笑いを一生懸命こらえていた。
乾め・・・。不二の記憶がないことをいいことにこんなもの作らせるなんて・・・。
しかも不二の味覚は記憶を失う以前と全く変わってない。
この不気味なシチューを不味いだなんて不二は 思っていない。
そしてこの隠し味の乾汁が殺傷力を備えてるだなんて覚えちゃいない。
いつまでもシチュー(?)に口をつけないオレにしびれを切らして
「たべないならたべさせてあげる!」
不二がスプーンを手にシチューをご丁寧にも口元まで運んできてくれた。
これが普通の料理で 乾がいなければどれだけ嬉しいことか。
半ば強引に不二はオレの口にシチューを流し込んだ。
「おいしい?」
否定は許されない、100万ドルの笑顔で微笑まれたらイエスと言わざるを得ないだろう。
ひきつった笑顔を無理矢理作り
「美味しいよ」
というのが精一杯だった。
不二の背後で乾はしゃがんで腹を抱えて涙を流して笑っている。
「よかった〜」
不二が安堵の溜息をつき真正面の椅子に座った。
頬杖をつきながら催促するように不二はオレを見ている。
無言のプレッシャーとはこういうことを言うのだろうか。
覚悟を決め恐る恐るシチューを流しこんでいく。
いつの間にか不二の隣に座っている乾はまだ笑いをこらえてオレを見ている。
怖いくらいに温かい日常はオレにとってはあまりに非日常的で、
自然に零れ落ちる微笑の裏には何時この幸せが崩壊するのかと 膝を抱えたオレがこちらを見ていた。
TO BE CONTINUED・・・
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