ひっそりと控えめに咲く花のようにドアの傍に佇む不二を見た乾と手塚は一瞬凍りつき思わず息を呑んだ。
不二の姿があまりにも艶めかしかったのだ。
スラリと伸びた足を惜しげもなくさらけ出し、
色素が薄すぎて赤みをおびた胸の皮は大きめの手塚のシャツ を羽織っていたためむき出しになっていた。
そしてすこし困ったような顔をして首を傾げている。
手塚は言うまでもないが乾までもが欲情を覚えるような、
そのような格好で不二は立ちすくんでいた。
ゴクリ
手塚の唾を飲み込む音で乾が我に返り、不二に昔と変わらない笑顔で話しかけた。
「やぁ、不二。元気かい?調子どう?」
不二の方といえばこの人は誰だろうとキョトンとした顔で乾を見つめ、手塚を見つめた。
不二と手塚の目があった瞬間不二は小走りで 手塚の方へ駆け寄り手塚の座ってるソファの影に隠れるようにして乾を見つめた。
「ふ〜ん・・・」
意味深な相槌を打った乾の視線はもう不二ではなく手塚に注がれている。
手塚は乾の目を見ることができずに膝元で組んだ手を見つめ、
不二の方へ振り返り、ぼそりと不二の耳元に囁いた。
「乾、だ」
「いぬい・・・?」
未だキョトンとしている瞳で不二は乾を見つめている。
今度も乾は不二に優しそうな微笑みを投げかけてやってる。
その乾の微笑みは先ほど見せた旧友への笑みではなく、
迷子の幼稚園児に話しかけるような笑みであり、相手の 警戒心を解こうとしていた。
「オレの友人・・・友達だ」
「ともだち・・・」
ボソボソと耳元で手塚が囁く言葉を不二は反芻しながら目の前にいる黒ブチ眼鏡の男が自分にとって敵なのか味方なのか品定めをするように
見つめていた。
「不二、ホラお土産。河村寿司のワサビ寿司だよ」
乾から差し出された包みを恐る恐る受け取り、許可を得る目つきで不二は手塚を見つめた。
コクリと手塚が頷くのを見ると ソファから離れ、キッチンでおとなしくワサビ寿司を食べ始めた。
不二が最初の一口を食べる瞬間、手塚は自分の鼓動が早くなるのを感じていた。
もし不二がワサビ寿司を食べれなくなっていたら?
それこそ失敗作として不二は乾に連れて行かれるに違いない。
そんな、不二のいない生活にはもう耐えられないのは ここ数年で骨身に染みて分かっていた。
早鐘のように打ち始めた胸の音を鎮めるためにビールに口をつけ乾に悟られぬよう、
手塚は不二の方を見、乾を見た。
乾は不二を観察するようにじっと見つめている。
ぱくり
「おいしい!いぬい、ありがとう!」
にっこり幸せそうな笑みを浮かべ不二がこちらを見た。
乾も答えるようにニコリと笑い、手塚の方を向きなおした。
その目はすべてを見通していた。
そう、すべてを。
手塚も乾に向き直り、安堵の溜息とこれから問われるであろうものを受け止める観念した溜息を零した。
「あの通りだ」
先に口を開いたのは手塚だった。
乾はまだ手塚の目を見ている。
「記憶はないが趣味嗜好は前のまま、といったところだな」
そっと乾が目を伏せる。
自分の技術の未熟さからの過ちなのか、神に背いた自分への後悔なのか、
眼鏡の奥の乾の目は悲しみに溢れていた。
「それでどうするつもりなんだ」
手塚が問い詰める。
乾が問い詰めてくるだろうと予測していたが乾はただ目を伏せ、
ビールを飲みながら思考をめぐらせていただけなので痺れを切らしたのだ。
「お前はどうしたいんだ、手塚」
射るような目つきで乾は手塚を見る。微塵の嘘もつかせまいと。
「オレは・・・」
手塚は自分のシャツの胸元をつかみ、黙ってしまった。
乾はふぅと溜息をつき、言葉を綴り出した。
「手塚、オレは不二がいなかったときのお前をお前以上に知っている。
お前が辛すぎる思い出だからと本能的に 除去したことも全てな。
そして精神安定剤を飲んでいたせいで薄れている記憶もな。
第三者のものとしてだが全て覚えている。
はっきり言ってあのときの手塚は廃人だ。さもなければ狂人だな。」
何一つ否定できない自分に手塚は恥ずかしさを覚えた。
自分が覚えてないことを相手が覚えているというのは通常でもあまりいい気持ちはしないものなのに
、
自分が精神的に病んでいたために覚えていないとなっては複雑な思いを抱かざるを得ない。
「それで、オレは大事な友人をこのまま狂わせてはいけないとアノ計画を持ち上げたんだ。
結果どうであれ、お前は狂わずにすんだ。
今オレと筋道だった会話ができる。
それが証拠だ。でもな、手塚・・・」
乾が言いづらそうに眉をしかめ、目をそらす。
ゆっくりと口を再び開きだすのには十分すぎる間を取って乾は語りだした。
「不二は今記憶がない。ソレはオレのミスでもある。
オレが未熟だったがためにな。
だからといってお前から不二を引き離すことはオレにはできない。
また、あんな手塚を見るのはごめんだからな」
乾は不二を自分のところから連れて行かないという安堵感で手塚は身体中の緊張が解け、
筋肉が緩むのを感じた。
「ただ・・・」
「ただ?」
「1年は長すぎる。オレが手塚はもう大丈夫だと1年以内に判断したとき、
オレが不二を元いたところへ連れて行く。いいな」
手塚の返答を待たず乾は席を立った。
手塚は呆然と、死刑判決が下ったような顔をして乾を見上げていた。
「あと不二の様子もチェックしに来るからな」
手塚に背を向け、キッチンの不二のところへ乾は颯爽と歩いていき、
別れの挨拶と近々また来る、と言い残して乾は部屋から出て行った。
キッチン からベランダへ不二が出て行き乾が下に出てくるのを待ち構え、
無邪気にバイバイを言っている声を手塚は呆然としたまま聞いていた。
TO BE CONTINUED・・・
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