目の前には紅い池。
鮮やかだったソレは次第にどす黒くなり仕舞いにはドロリとぬめりを帯びてきた。
紅い池には愛しいアイツがいる。
涙を流してこちらを見ている。
池と同じ色をした涙を流して彼は謝り続ける。
「ごめん・・・手塚・・・」
伸ばされた白い腕は紅にそまり触れたオレの頬にベトリと染み付く。
染み付いた液体、それは・・・血・・・?
この赤黒いのはオマエの血・・・?
「うわぁぁぁぁぁぁ」
悲鳴とともに目が覚め、今見た悪夢の余韻で心臓はドクンドクンと普段の倍の速さで鼓動を刻む。
落ち着こうと髪をかきあげ深呼吸をすると 額の汗が指に雫となって残った。
背中は汗でぐっしょりだ。
まだ心臓の鼓動は落ち着きを取り戻す様子を見せてはくれない。
ドクドクと身体中の血が逆流する勢いで 脈拍は速くなったまま、血液は血管を全力疾走している。
何度あの紅い夢を見てこうして 汗だくになり、悲鳴を上げて目が覚めただろうか。
もう数え切れない夜をあの夢に支配されてきたような気がする。
いつまでも生々しい感触。
五感の全てが研ぎ澄まされたように全てがリアリティに包まれている。
彼の目、彼の肌、彼の言葉、彼の・・・血。
どこをとっても全て現実感に溢れ、毒々しいまでの紅い映像に吐き気すら催す。
実際込み上げてきたものを抑えたためにまた汗が噴出してきた。
背中を冷たい汗がするりと流れ堕ちた。震えが止まらない・・・。
ぴんぽ〜ん
間の抜けた玄関のチャイムの音に心臓をビクリと一跳ねさせ、我に返る。
誰だ・・・、こんな時間に。
と見た時計はまだ夜の9時を指していた。
不二が目覚めてから、時が経つのがひどく遅くなっている。
今度こそ不二を起こさぬようにそっとベッドを抜け、その辺りに脱ぎ捨ててあった シャツとジーンズを適当にひっかけ、リビングにある玄関モニターを覗き込んだ。
覗き込んだモニターでは乾貞治が意味深げな微笑を浮かべ、手土産にもってきたのであろう河村寿司の折りをチラチラ振りかざしていた。
「まぁ、あがれ」
無愛想に開けた玄関から乾を招きあげる。
乾がこの家に来たのはかなり久しぶりだ。
アノ時以来なのではないだろうか。
乾自身もソレを覚えているらしく
「ここに来たのはかなり久々じゃないかな?かれこれ1年ぶりくらいか?まぁ、病院でよく会ってるからそんな久しぶりな感じしないけどな」
乾はオレの勤める病院でなにかの極秘研究をしている。
フロアも塔も違う乾の研究室には1度しか入ったことはないが、
それ以前にその研究室は常に立ち入り禁止となっているため1度入室した、
という事実さえ病院内に漏れてしまえば大変な波紋を呼んでしまう。
例えオレが研究内容を知ろうと知らまいと。
まぁ、本人に何を研究しているかと聞いても 的を得ない医者のオレにとっても小難しい専門用語を並べ立てられるだけで結局分からずしまいになってしまうのだが。
「で、不二の調子はどうなんだ?」
自分の家のソファにでも腰掛けるように乾はリビングに上がりこみ締めていたネクタイを緩めた。
未だ意味深な笑みを消していない。
少し癇に障るその笑い方を横目に、
オレは平静を装って冷蔵庫から互いの分のビールを出しながら返事をした。
「いつも通り、さ」
「ふ〜ん」
自分のグラスに注いだビールを飲みながら乾が鋭い目でこちらを見ている。
先ほどまで浮かべていた笑みは消え去り、厳しい表情に摩り替わっている。
乾の前では昔から嘘をつけなかった。
奴独特のデータによる観察眼でことごとくオレの嘘を見破ってきた。
不二とオレとのことも乾が真っ先に見破り、 協力してくれた。
乾曰く「手塚は嘘がつけないからいいんだよ」と、はや十年近くも親友と呼ばれるような関係を続けている。
しかし今回ばかりは乾にバレるわけにはいかないのだ。
不二の記憶がない、なんてことは。
乾にバレたら不二はここにはいられなくなってしまうだろう。
そのとき、 カタンとリビングのドアが揺れ、ゆっくりと軋んだ音を立てながらドアが開いた。
条件反射で乾は振り向き、オレは椅子から腰を浮かせたまま硬直した。
二人の視線の先には不二がいたのだ。
ドア半分に身を隠し、朝に着ていたオレの白シャツ一枚だけを羽織った不二が所在なさげに佇んでいた。
TO BE CONTINUED・・・
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