「ねぇ、キミはだれ?」
無邪気な視線を不二はオレに向けてきた。
やはり、 覚えてない、か。それは分かっていたことだが・・・。
仕方の無いことだが・・・。
それでもやはり正面を切って言われると認めたくない現実 、
いや今ココで起きていることが現実なのだからアノことは夢なのだ・・・。
そう、事実、真実を突きつけられているようでいい気分はしない。
「本当に覚えてないのか?」
最後の望みをつなげるように透き通った瞳をしている不二に問う。
不二はオレの瞳をまっすぐに見据えたままゆっくりと首を傾げる。
「分からない・・・か」
やはり。諦めと納得を同時に飲み込んだそのとき、不二の口から囁きが零れ堕ちたのだ。
「て・・・づ・・・か?」
それを聞いたオレ自身よりも言った本人のほうが目を丸くしていた。
何故自分の口からその名前が出たのだろうと、半分気味悪がっている不二の唇は微かに震え、 その震えを止めようとしてなのか、自らの口にそっと手を触れた。
それは言ってはいけない言葉を口にだしてしまった後悔の動作にも感じられたが。
「そう、オレは手塚だ」
警戒心を解いてやるために不二の目を見て微笑みかける。
「てづか」
さっきのようにたどたどしくではなく、はっきりと不二がオレの名を呼ぶ。
はっきりと目を合わせる。そしてもう一度確認するように不二はオレの名前を呼んだ。
「てづか」
どうして自分の口から彼の名前を出せたのか分からない。
ただ彼が「分からないか」と言った瞬間の寂しそうな顔を見たらふいに口を言葉が突き破ってた。
ただ一言「てづか」 という言葉が脳裏に浮かび神経を辿る経路を無視して反射のように言葉がでてきた。
そしてそれと同時に、寂しそうな表情の彼を見て
「抱きしめてあげたい」
という気持ちも。
三度不二はオレの名を呼んだ途端椅子から立ち上がりオレの頭を包むように抱きしめ、髪を撫で始めた。
「どうした、不二・・・」
首を傾げて不二の方を見ると不二が目に涙を浮かべて髪を撫でている。
「だって、てづかがさびしそうだから・・・」
そっと目を閉じた不二の双眸からは朝露のような涙が零れ落ちてくる。
不二が落としてきた記憶のように涙が堕ちて
不二の頬へ、
鎖骨へ、
オレの髪へと染み渡ってゆく。
そしてオレもそっと瞳を閉じ、オレの頭を抱いている不二の腕に手を触れる。
色素が薄い、体温のないビスクドールのような不二の身体は ほんのりと温かかった。
「不二がここにいるから寂しくない」
そしてそっと不二の腕を下ろし、その手の甲にキスをした。
聖者への巡礼者のキス。
ひかりの粒が部屋中に輝きを与え、その輝きは罪にまみれた自分を浄化してくれるようであり、
逆に罪を自覚させた。
こうして再び不二を腕に抱けることは 何事にも変えられないほど嬉しい。
嬉しいけれどオレは罪の意識と後ろめたさがない人間ではない。
頭の中で乾の声が響く。
「一年だけだぞ」
一年だけでいい。不二と一緒にいられるならば。今、一緒にいられるならば。
不二の腕を握っていた手に知らぬ間に力がこもる。
「てづか?」
心配そうな目つきで不二がオレを覗き込む。
蒼い、深海のようなけれど優しい瞳で。
「そう心配そうな顔をするな・・・」
自分でできる限り一番の微笑みを不二にむけ、髪をゆっくり撫でた。
一本一本髪を梳くかのように撫で、自分の胸に引き寄せた。
胸の中で不二はおとなしく瞳を閉じていた。
不二の鼓動から伝わる血液の温かさがより一層不二を愛しく思わせる。
「だっててづか、なきそうなかおしてたよ?」
胸の中にうずまりながら不二が囁いた。
「そうかもな・・・」
「そうだよ・・・」
コトリと胸に重さが増した。見下ろすと不二が再び寝息をたててる。
おなかがいっぱいになって眠ってしまったのか、
急に活動して疲れて眠ってしまったのか 安心して眠ってしまったのかどれかは分からなかったが、
自分がそんな不二の姿をみて微笑んでいるのだけは分かっていた。
手塚は不二をそっと抱き上げ、寝室へと運んでいった。
TO BE CONTINUED・・・
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