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ザァー、ザァーッ・・・
静かに、でも耳鳴りがするその音は波の音。その波はいかに岸に近付いても、嵐にならない限りは決して砂浜を越す事は無い。退いては寄せる波。その波に浚われる、陸の砂。
ザァー、ザァーッ。
海は鼓動を打ち、鼓動の振動で、波立つ。
それなのに、記憶の中の海は、初めから死んで動きはしなかった。
いや、死んでんでなどいない。それは紛い物だから、はじめから生きてなどいなかった。
ガラスで作られた、紛い物の海なのだから。
砂の砦 ガラスの海
「不二、いい加減やめろ」
「待って待って、あとちょっと!」
「生徒会長としてこれ以上黙っている訳にはいかない」
「じゃあ部長としてグラウンド走らせれば?走らないけど」
にこにこと笑顔を浮べた不二とは対称的に手塚は眉間の皺をいつも以上に濃くしながら腕を組んで様子をみている。
不二は怒らせない限りは誰にでも温厚で、穏やかそうな容姿に中身まで見合った人間に見られがちだが、実際は我侭で融通の利かない人間だ。一度こうと決めた事はてこでも動かない。手塚はそれを知っているからあえてつき合っていた。が、とはいえ立場上見過ごす訳にもいかないことを不二はしている。別にそこまで大それている訳ではないが、一応本来ならば注意はすべき行為である。
「お前・・・グラウンドを掘るな。誰かがその穴につまずいたらどうする」
「優しいんだね、手塚は。僕には一度もそういう言葉かけてくれた事ないくせに」
ふわりとより一層微笑んで、不二は毒気づく。笑顔のまま手塚の顔色を窺うが、あきれた様な、でも基本的には無表情な顔しか見ることは出来なかった。
手塚は、自分に関して無関心だ。何かいい事をしても、逆に悪い事をしても、最悪な場合、誰かに抱かれても。
あきれた顔と無表情以外は見せない。
でもそれでもいいだろう。ただの友人であれば。ただの部員であれば。
そうじゃないから余計にそれが不二を幻滅させた。手塚は自分の恋人だから、その反応が悲しかった。
それとも自分は夢を見ていたのだろうか?確か手塚に告白した記憶がある。「そうか」しか言わなかったけれど、自分を抱き寄せてくれた。その時の早鐘を打つ鼓動と、これ以上内ほどに嬉しかった感情は体が覚えている。記憶は本物、嘘じゃない。
だとすれば自分は誤解していたのだろうか。抱き寄せてくれたのは肯定の意味ではなく、流されただけで、自分を抱くのは己の欲望を満たす為だったのだろうか。
それも違う。手塚はそれほどに器用な人間ではない。不器用なりに自分に見せた誠意だろう。分かっているのに。
ならば何故少しでも自分を好きでいる様子を見せてくれないのだろう。外へ出ても、愛を囁いても、抱かれても、まるで機械を相手にしているようだった。反応が全く無い。
たった一度、愛している証拠を見せてくれればいいのに。どれだけ期待してもとうとう今日の今日まで見出す事が出来なかった。
それどころか余計に追い込むのはどうしてだろう?
4月からだ。今年の4月にあの少年がこの学校へ入学してきて、そしてテニス部に入部して以来、全く自分に興味を示さなくなった。あの少年、もとい越前リョーマ。
確かに自分には彼ほどの可能性はないかもしれない。彼ほど目の離せない危なっかしさがないかもしれない。テニスにさほどの強い執着はなく、少なくとも手塚よりは要領もいい。
そしてあの少年が来てから2人の間に溝が深まった。自分の彼に対する不信が強くなった。1つ手塚の越前に対する興味が増える毎に、自身の不安が増徴する。
越前を嫌いたくない!!憎みたくない!!そのために、手塚を忘れたい・・・。
だから。
「見て見て手塚!できた!」
「・・・ペットボトルか?」
「ペットボトルって・・・城だよ」
「そのためだけにグラウンドにこんな大穴あけたのか?」
「うん!だって下の土じゃないと固まらないから」
「元の状態に直しておけ」
そう言って方向を変え、背を向ける。その呆れた表情が、くだらないと語っていた。
ホラ、ね。やっぱり。
「ゲームオーバーだね」
「何がだ」
もう、最後の望みが消えた。自分への興味も求めていた言葉も、最後の最後まで言ってはくれなかった。
「僕からはじめておいて僕で終わらせるって言うのも自分勝手な話だけど、別れよう」
なんと浅薄な事か。それならば初めから何も言わなければ良かったのに。こうなる事は、以前は分かっていなかったけれど。
でも、それでもいい。手塚の返事は分かっている。いついかなる時も同じ返事“そうか”しか言わない。それは本当に興味が無く、どうでもいいから。彼にとって何ら差し支えの無い事だから。
「そうか」
予想通り。思う存分、あの少年への想いを馳せてくれ。僕はもう、これ以上君と関わらない。
「だが、せめて最後に」
手塚の腕が、不二の手首を掴む。折れそうに細い、骨格までも華奢な腕。幾度となく掴んだそれはいつも自分に何かを感じさせていた。自分に何かを決心させていた。
「できれば手放したくは無い」
「そう・・・・・・・・・今更何も聞きたくないよ!!!」
バカにするのもいい加減にして欲しかった。今まで自分をなんとも思ってなかったくせに、どうして最後の最後になってそれを口にする?なぜそれをもっと前に言わなかった!?
たったそれ一言でも、彼が自分を視界に入れてくれたなら、もっと信じる事ができた!もっと想う事が出来た!!それを今更!?
「もう、聞きたくないよ・・・」
走る去る。これ以上その場にいたら、いらぬものが零れてきそうだったから。弱音も、本音も、涙も。
その場に手塚と、そして時間を長引かせる為に作った、砂の城を残して消えた。
鼓動を打つ事は無い、自分達の中の海。だからこそ寄せては退く事はない。それでも。
もしかしたら、とんでもない誤解をしていたのかもしれない。それはガラスで作られた紛い物の海ではなく、氷で張り巡らされていただけの、表面的には分からない海だったかもしれないのだから。春が来れば溶けてその姿をあらわしたのかもしれないのだから。
そのガラスの海の浜に聳え立つのは、この手で作り上げた砂の砦。ひとたび波に打たれたら崩れ去ってしまうであろう脆いそれには彼が一言でも言葉をくれたら、彼が一瞬でも自分を見てくれたらという想いがたくさん詰まっている。それがなぜ、波もないガラスの海で崩れた?
それはあの少年が踏み荒らしたから。
「あーあ。部長は不器用っスね」
「見て、いたのか」
「終始。でもこれでやりやすくなりました。ドウモ」
「不二に手を―――」
「出すよ。手、出すよ。だって部長はそんな事いう資格はもうないでしょ?」
「まだ、分からないだろう」
「ふぅん。楽しみっスね、部長」
そう言って越前の足は、砂の城を踏み潰した。
end
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