夢現に聞こえる。
優しく奏でられるピアノの音。
たどたどしく危なっかしく辿るその旋律を耳に残し、オレはふいに眠りについた。
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どれくらい深く長く眠っていたのだろうか。
周りを見渡せば音楽室の大きな窓から差し込む光は眩いばかりの白い光から
黄金色とも緋色ともつかないような色へと変化を遂げていた。
ジロー先輩じゃあるまいし・・・。
自分の素晴らしいまでの睡眠っぷりに驚きつつも、冷静に今の時刻を確かめようと
長太郎は時計を探し、辺りを見渡した。
え・・・!?
今まで自分が突っ伏していた机の隣、ちょうど対角線上に。
宍戸がこれまた机の上に突っ伏してすやすやと寝息を立てている。
大きく、威圧感すら感じる瞳を今は閉じ、ぐっすりと宍戸は眠っていた。
気づかなかったなんて・・・!!このオレとしたことが!
少し前より伸びた髪、ほとんど癒えかけた傷。
それらを愛しそうに長太郎は長い指でなぞっていく。
かつての長髪のときのように指の間をすり抜けていく心地よくも切ない不思議な感覚は
もうないけれども短く切られ立てられた髪は指先で遊ぶには丁度いい長さがあった。
起きてたら宍戸さんこんなことさせてくれないもんな〜。
眠る宍戸の髪や頬、傷にそっと優しく触れていく。
ふいに嬉しくなってほころぶ顔。
かわいいなぁ宍戸さんは・・・。
ひとしきり宍戸を愛でた後で長太郎はおもむろに席を立ち、ピアノの前に腰を下ろした。
邪魔にならないくらいは、とその長く器用な指先でカノンを奏でる。
二人きりの音楽室に、無邪気な愛しい者へと向けられた優しいカノンが響き渡る。
ゆっくりと、そして美しい旋律が緋色の陽の光でいっぱいになった音楽室を満たす。
「ん・・・?」
もぞり、と宍戸が身体を起こす。
ピアノの音に振り向いて見ると長太郎が目を閉じ、身を音に委ねて
美しい旋律を生み出していた。
その長い指も、光を反射して黄金色に輝く長太郎自身も、
そして優しいカノンの音色もすべてが美しいと。
その姿に目を奪われしばらく口もきけずに長太郎を宍戸は眺めていた。
コイツは何でもできるんだな。
フウ、と軽い溜息をついて身体を回転させる。
再び机につっぷし、耳だけは長太郎へ向けて宍戸は視界を断ち切った。
ピアノの音が長太郎の溜息とともに止む。
疲れたのか、飽きたのか、宍戸が起きた気配に気づいたのか。
再び長太郎は宍戸のいる席へと歩みより、中腰で宍戸の耳元で囁いた。
「おはようございます、宍戸さん」
耳まで真っ赤にして宍戸は顔を上げ、長太郎を睨む、とも形容できるような瞳で見上げた。
「起きてたの気づいてたのかよ」
「ハイ」
「なら言えよな・・・」
視線を外し、腕時計を見つめる。ここに来てからずいぶんの時間が経っている。
「帰るか・・・」
すっと背筋を伸ばし宍戸が立ち上がる。
寝起きに髪の毛をいじるのは長髪の頃からの癖なのだろう、
短くなった毛先を指に絡めとりながら音楽室を後にした。
振り返らないのは長太郎が必ず着いてくることを確信しているからなのかもしれない。
「ハイ!帰りましょう」
「そういや宍戸さんはどうして音楽室にいたんですか?」
帰り道にふいに長太郎が切り出したその一言で宍戸はさっきの比にもならないほど真っ赤に、
それこそ夕暮れ時の太陽のようになった。
「え・・・いや・・・関係ねえだろ!」
半ば逆ギレ気味に先を急ぐ宍戸をパースの違う長太郎はすぐに追いつき、
細い腕を握り締め捕まえる。
「言ってくれないと此処でキスしますよ!」
「オマエを迎えに行ったら音楽室にいるって言われて行ったらオマエが寝てた、それだけだ!」
何一つ赤く頬を染めるところなんてないのに、と長太郎はキョトン、とした瞳を宍戸に向けた。
「それだけですか?」
「だけだ」
「ふう〜ん」
「なんだよその納得いかねえみたいな返事はよ」
「だって照れるとこなんて何もないじゃないですか〜」
「お前、サイアク・・・」
げんなりとして宍戸はさっさと行ってしまった。
「待って下さいよ宍戸さ〜ん!!」
長太郎は忘れてしまっているかもしれない、夢現に聞いたピアノのぎこちない旋律を。
鍵盤1つ1つを追うように指を動かしていた彼の姿を。
「長太郎・・・?寝てんのか?」
そして、
触れる程度に頬にされた彼からの初めてのキスの感触も。
END
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