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戸締りは忘れずに!
「まずいわね。38℃もあるわよ」
「なんだ、それ程度?」
「それ程度って・・・あなた体温が低いんだから。あと2℃も上がれば精子も使い物にならなくなるわよ」
「またそういう事ばっかり言って・・・品が無いよ、姉さん」
「あら、私なりに心配して言ってあげてるのに」
ちらり、と手にとった体温計の表示に目を落とす。由美子が言ったように38℃を示していた。苦笑しながら周助はそれをケースの中にしまう。
夏も終りという時に油断してしまったらしい。最近少し風が冷たくなってきたのに部屋の窓を開けていたのが祟ったのか、周助にしては珍しく高熱だ。
と、言っても元々それほど体が丈夫な方ではない。だから由美子も実に落ち着いている。
てきぱきと周助の枕元に薬、水、補給用のスポーツドリンク、そして氷水の入った容器を持ってきた。
「食事も用意しておくから好きなときに食べて。食べなきゃ駄目よ?」
「うん、分かってる。そろそろ行かないとまずいんじゃない?」
それを聞いて、由美子は時計の針に目を落とした。
「あら本当。全く何よ、休みの日に仕事って」
「さすがキャリア」
「茶化さないの」
そう言って周助の額を人差し指ではじく。さすが姉弟と言った所で、周助も同じような仕草をよくする。何を考えているか分からない笑顔もそっくりだ。
周助と由美子は母似である。由美子は女性だからそれでも違和感が無いが、周助は男だ。母の生き写しかと思うほど似ているせいで、顔は女性に甚だ近く、体の線も実に細い。一見どうみても女性に見えてしまうのが周助の最大の悩みである。
「じゃね」
「いってらっしゃい」
由美子がいなくなった瞬間体中の力が抜けるようにぱたり、と倒れ込む。心配させまいと気丈に振舞っていたが、実は随分無理をしていた。高熱で視界は回るし具合も悪い。しまいには意識まで遠くなってくる。
「まずいな・・・」
それを最後に意識は遠のいた。何がを忘れているような気持ちを残しながら。
しばらくして目を覚ました。どうやら随分眠っていたらしい。瞳を何とか開けて目覚し時計に手を伸ばす。
「はい、どうぞ」
「ん・・・ありがと・・・」
別に目が悪い訳ではないのだが、瞼が重く開かない為、文字盤を思い切り顔に近づけて見る。PM6時すぎ。空はまだ明るいが夕日は沈みかけているようだ。
(母さんは父さんの所に旅行に行ってるからしばらく帰らないし、姉さんは仕事だったよね)
ぼんやりとした意識の中でそう言えば夕食、と思い姉が作ってくれたらしい食事を思い出す。
「何作ってくれたんだろう・・・」
「雑炊みたいだよ〜。温めてこようか?」
「ああ、お願い」
そう言えば、と周助はようやく気付く。
今、自分は誰と話した?
「うわーーーーーっ!!座敷わらしーーーー!!!!」
おそるおそる首を回すと隣に清純がちょこんと座っている。思わず周助は大声を上げてしまった。勿論清純はそれに驚きもしない。ニコニコと周助が目を覚ました事が嬉しそうに振り向く。
「やだなァ不二君てば冗談が上手いね!あ、熱測る?」
「それはどうでもいいよ!!何でいるの!?鍵は!?かかってなかった!?」
「うん。頑丈だよねー不二家。仕方ないからさー、この部屋の窓が開いてたからそこの木を伝って入る事ができたよ!」
と、千石が指差した方向には2階まで届く楓の木が聳え立っている。
「サルっ!!!」
「サルに似てるっては言われた事無いなぁ。不二君はネコっぽいよね!」
「君・・・恐ろしくプラス思考だね・・・」
「じゃさ、俺温めてくるから不二君熱測っててよ。ハイ、体温計」
全く周助の話を聞いていない。一方的なのかなんなのか、清純は終始ニコニコと悪気の無い笑顔を浮べている。
だがはたと何かを思い出したようにパチン、と指をならした。
「そぉーだ!菊丸君が心配してたよ?不二君が来ない〜って」
その瞬間、周助の記憶が戻ってくる。そういえば英二と今日開催される夏祭りに一緒に行こうと言っていた記憶がある。待ち合わせ時間は4時だった。と、するととうに時間は過ぎてしまっている。
「どうりで何か忘れてると思った・・・怒ってた?」
「怒ってはいなかったけど涙目だったよ?途中で大石君が来たから一緒に行ったけど。あとで電話した方がいいかも」
「うん。そうする」
周助は素直にコクリ、と頷く。
「なんか不二君って熱ある時は素直だね〜」
「はいはい、それを教えてくれる為にきたのかな?アリガト。じゃあ帰ってね」
ベッドから起きて無理やり背中を押す。押された清純はその力に嫌でも足が動いてしまう。
「ええ〜!?何で??」
別に何故と言う特定な理由は無い。しかしまずは不法侵入者であるのでこのまま家に上げておくのもどうかという事と、自分は風邪を引いているのでこれ以上テンションの高い清純といるのは体によくないと言う事、それからいてもらう理由がないのだ。
嫌だよぅ、と言う清純の言葉を全く無視し、周助はようやく清純を部屋の入り口まで移動させる。
「わかった、じゃあ帰るね。でもこれ置いていくから食べて」
しゅーん、と怒られた犬のような顔で自分の背負っているリュックの中を漁る。そして周助のデスクの上に大量の食べ物をおいた。
「何これ?」
それはお祭りで売り出されるものの数々だった。林檎飴、苺飴、チョコバナナ、お好み焼き、綿菓子などなど。中はに水ヨーヨーやキャラクターのお面まである。何に使えと言うのだ。
「菊丸君が不二君は時間に遅れないのに来ないって心配してたんだ。だから俺も気になっちゃって」
それでねー、と話を続ける。
「来てみたらビックリ!だって不二君ずっとうなされてて、おかしいなぁと思って額に手当てたら凄い高熱なんだよ?」
もー、どうすればいいか分かんないからとにかくタオル冷やしてあげるしかできなくてさー、と続ける清純は自分がどれだけ焦ったかを何度も手を広げたりして、体と声の強弱で表現する。
「目が覚めた時に何か食べるもの買ってこようかとも思ったんだけど心配で出かけられないし。5時頃かな?ようやく苦しく無さそうだったら今のうち!と思ってスーパー行って果物と俺オススメの薬を買ってきて、ついでにお祭りに行きたかったんだじゃないかなーと思って買ってきてみたんだ」
これでお祭りに行った気分になれない??明るく楽しそうに話す清純に向かって、周助はもう出て行けとは言えなくなってしまった。
自分が眠っている間に甲斐甲斐しくも清純が世話をしてくれていたのだ。それほどまでに心配してくれた相手にどうして出て行けなんて言えよう。
「てことで帰るよ。早く治してね」
「一人じゃお祭り気分になれないでしょ」
“追い出せないから”。それはもしかしたら自分を偽る嘘かもしれない。
「千石君がいてくれたら、にぎやかだから少しはお祭り気分になるかも。いてくれるよね?」
さて、この言葉に隠された真実を、アナタは読み取れますか?
えんど。
確か夏がテーマでしたよね。全く感じられない・・・
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