RAIN



部室で薫は部日誌を書いている手を止め、しとしと降り続く雨を眺めていた。
部室もコートも朝から降り続いている雨のおかげですっかり濡れて色が変わっている。
雨の日にまわりの景色がいつもと違って見えるのは濡れネズミになった建物と地面の色が
太陽を全身に浴びているときとはまったく違う色彩を放つからだろう。



よくもまぁ、飽きずに降るよな、雨も。
雨が降ると外で部活はできねえし、ランニングもできねぇ。
別に筋トレが嫌いだとかいうわけじゃねぇが外で思いっきり部活ができねぇとなると、
雨が、梅雨が憎たらしくなる。



薫は部日誌当番になったのはまるで雨のせいだといわんばかりに
グレイの空を一睨みした後、いつものふしゅ〜というため息をついて一言誰もいない部室に話しかけた。
「はやく終わらせるか・・・」



雨がコートを湿らせる音が部室に響く。
その音はさながら癒しの音色。
その癒し効果のせいか、部日誌の文に行き詰って再び窓の外の雨を見る薫の視線は
先ほどとは180度ちがってやわらかいものだった。
鉛色の空から雨が絹糸のように降りてくる。
雨の日は嫌いだが何故か心安らぐ感じがする自分に薫は気づいていた。



部日誌を書き終えた頃には灰色だった空は紺色に変わり、
冷たい絹糸をその身からまだたらしていた。
「さて。コレ出して帰るか。」
独り言をぽろりとこぼして薫は部日誌を閉じ、帰り支度を始めた。
傘立てを目の端でチラリと見たらお約束通りに薫の傘はなくなっていた。



どうせ桃城のバカあたりが間違えて持っていったんだろう。
結構どこにでもある普通の透明ビニール傘だったからな。
でも雨止んでねぇし・・・部日誌よごしたくねぇしな・・・。



変なところで律儀な薫は部日誌を目の前に、
どうやったら汚さず竜崎先生のところへ届けられるかと考えを巡らせ部室を右往左往していた。



一気に走っていきゃぁ汚れねぇんじゃねぇか・・・?




部室から竜崎先生のいる職員室まで全力疾走することに決め、
走るのに邪魔になる部活動一式がはいったカバンは後で取りにこようと部室に置いていくことにした。



ふしゅ〜



いつものため息をついて、呼吸を整え勢いよくドアを開け職員室に向かってダッシュしようとした瞬間



ドスン!!



薫は何かにぶつかり、その場にしりもちをついてしまった。

なんだ・・・?

何に自分がつっこんでいったのかと目線を上げると部室の入り口には先輩、乾貞治が立っていた。
「乾先輩・・・?」
「やぁ。」
「何してるんスか?部活が終わってかなり時間経ってますけど。」
「いや・・・新しい野菜汁を開発していたら夢中になっちゃってこんな時間さ。
帰ろうと思ったら部室に電気がついてて気になったもんでね。
あー・・・大丈夫?ごめんね転ばせちゃったよ。」
乾はすっと手を差し伸べて薫につかまって立ち上がるように促した。
いつもの薫ならその手を無視して1人で立ち上がるだろうが、
何故か今日の薫は素直に乾の手を取り立ち上がった。
「スンマセン・・・」
「いや、悪いのはこっちだから。海堂こそこんな時間まで、しかも部室でなにやってんの?」
「部日誌書いてたんスよ。少し丁寧に書いてたら時間かかって・・・」
「ふうん。なんか海堂らしいね。じゃ、何でさっきぶつかってきたの?」
いつものことだが何でこの人はこんなに質問好きなんだと薫は少しイラだちながら答えた。
「部日誌を汚したくなかったんスよ。だから走って職員室行こうと思って。」
「え?何で?傘は?」
「なくなってるんスよ。」
「それなら、俺も今から帰るからさ、傘入っていきなよ。」
「え?いいんスか?でも先輩、迷惑じゃないスか?」
「いいから、いいから。さ、かばんもって。鍵閉めちゃうからさ。」
「じゃ・・・スンマセン。」
やたらと乾が嬉しそうなのが薫にとっては不思議だったが、
乾のせっかくの申し出を断る理由もなかったのでありがたく乾の誘いをうけとった。


「先輩、今日はありがとうございました。家の前まで送ってもらって・・・。遠回りになっちゃいましたね。」
部日誌を竜崎先生にだした後、校門のあたりで乾と家の方向が逆の薫は礼を言って走って帰ろうとしたのだが、
乾が薫の家の方向に用事があると言うので家の前まで傘に入れてもらって帰ってきたのだ。
「いや、気にしなくていいよ。この先の薬局に用事があったんだし。」
「あ、ちょっと待っててください。今、お礼っつーかなんか食いもん持ってきます。
先輩、部活後で腹減ってるみたいだし・・・」
学校から薫の家までの間に乾の腹は少なくとも3回は大きな音でないていた。
薫の申し出に乾はほんの一瞬顔を赤くしたが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻った。
「そんな、食い物とか家の人に迷惑かかるから遠慮するよ。かわりにお礼といっちゃなんだけどさ・・・」
「?」
状況が分かってない薫の上に乾は覆いかぶさるようにして薫の唇に自分の唇を重ねた。
「ー!?」
「海堂のファーストキスをいただいちゃおうかな。なんてねv」
「何すんだアンタ!!」
薫は真っ赤になって乾を睨みつけ一発殴ってやろうと拳を振り上げたが乾はそれをヒラリとかわした。
「あはは。じゃーねー。あと、この傘、海堂のだけどもらっちゃっていかな〜?」
「犯人はアンタかー!!!!!」

すっかり日も暮れて限りなく黒に近い紺色の雨空の下、薫の絶叫が響く中、
乾は軽やかに薫に背中をむけたまま手を振って薬局へと向かった。
マムシドリンクを買いに行くために。



END



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