強い男の条件
クスクスと不二が笑う。かれこれ10分は笑いどおしだ。隣にいる千石と目があってはまた笑い出す。普段不二が笑うところを見るのが、千石は好きだった。まるで女の子と話しているみたいで、不二に興味を持つ回りの視線が不安で仕方ないが、それでも自分に向けて笑ってくれているのが嬉しかった。でも今は違う。
「もうっいいじゃん。笑うのやめてよ〜」
「だって、だって千石くん・・・ふふっ」
耐え切れずに不二がまた笑い声を漏らした。ポン、と軽く千石を突き放して口元に手を当てる。段々目に涙が滲んできているようだ。ベッドの上でその潤んだ目を見るのはそれはそれは嬉しいし官能的で目を奪われるものがあるが、今はあまりいい気持ちではない。
「そんなに面白かった?俺はどこで笑えばいいか分かんないんだけど・・・」
「だって千石君、バレてるのに“しまった”みたいな顔してさ」
「だって本当に隠してたんだよ、当たり前じゃん」
「メンゴメンゴ」
「真似するなよっ」
そもそもの始まりは10分程度前の事だ。
『やっばー、大遅刻』
千石にしては珍しく時間に遅れてしまっていた。普段ならどちらかというと彼は時間にルーズな方だ。自分のペースを守るタイプである。ところが不二が絡んでくるとそうはいかない。
とにかく約束の時間の15分以上は前に、待ち合わせ場所に待機しておかなければならない。そしてその理由は、不二の外見にある。綺麗な顔なのは非常に喜ばしいことなのであるが、如何せん女性に近い顔である。が、しかし男である。その綺麗な顔は性別がつきにくいせいで人の倍近くナンパの数が多い。女性に声をかけられるのであればある程度は安心なのだが、男ではそうはいかない。実際どうなのかと言われたら意外に腕っぷしが強いのが不二だが、それでも心配なのには変わりない。
なのに今日という日に限って部活のミーティングだった。もちろんサボる気満々だ。むしろ誰が出るか。不二とミーティングなど天秤にかける必要も無い。そう思って校舎を出ようとしたときだった。
「おや、千石君。これからミーティングですよ」
タイミング悪く、バッチリ判じいに捕まってしまった。
「ごめん判じい。俺今から予定あるから」
「おやそうですか」
判じいはにっこりと笑って頷く。
「それじゃ千石君、明日からレギュラー剥奪です」
もうっ、バカッ!!
ミーティングは次の試合の集合場所の確認だけであった。だから千石は部長である南を半脅し状態で要点だけ話させ急いで学校の門を出る。このときほど動体視力に優れているよりスピードに優れていたかったと思ったときはない。
待ち合わせの駅へ向かう電車も駆け込みで何とか間に合ったものの、待ち合わせには10分遅刻。2分で1人にナンパされていると考えれば時間丁度に不二が場所に着いていたとしても最低5人には声をかけられているという計算だ。
案の定千石が駆けつけたときにはちょっとロン毛のダサい男に声をかけられている真っ最中。しかも不二ときたら眉間にしわを寄せて明らかな不快感を示し、両手を相手の前に突き出して否定の合図をしていた。
(不二君がまずい!!)
あれはどう見ても
―彼女彼女、今暇なの?―
―別に。待ち合わせしてるだけだし―
―だれ?彼氏?じゃそいつが来るまで一緒に遊ばない?―
―嫌に決まってるでしょ―
―いいじゃん、どっか行こうよ―
(に、違いない!!)
『お前、誰のモンに話しかけてんの?』
怒りに震える千石。駆けつけて相手の肩を掴む。
『え?アンタ・・・』
『不二から離れろっつってんだろ!!』
――バキッ!!
千石の右ストレートが相手の右頬に入る。相手はバランスを崩して吹き飛ぶように倒れた。
『俺の前で不二に手ぇ出してそれだけで済むと思ってんの?』
がしっと髪を掴んで上半身を起こさせる。にやり、と笑う千石が異様な恐ろしさを放っていた。
『お前が話していい相手じゃねえんだよ!』
持ち上げたあごの下に蹴りを入れる。相手はうめいた。
『やめてよっ!何するの!』
意外にも仲裁に入るのは不二。しかも千石を突き飛ばすと相手に駆け寄る。
『ゴメンね、荒井。大丈夫?』
『ちょ・・・不二、なんでかばうの?』
『荒井は僕の後輩!!』
・・・え?後輩?こんなの不二の学校に居たっけ??
『最低』
言われて千石ははっとする。
そう、彼は実はちょっとヤンキーだった・・・。それでも不二に気に入られたいばかりにそりゃ少しは軽いかもしれないけれど真面目な自分を装ってきたつもりである。そんな千石がいちばん恐れていた言葉、それは。
―暴力する人なんて大嫌い!!―
である。ところが今まさに“最低”と言われてしまった。
(それってつまり遠回しに“暴力する人なんて大嫌い!!”と言われたも同然じゃん!!)
『違うよ不二っ!!そうじゃなくて・・・き・・・君、今勝手に倒れただけだよねぇ?不二の目の錯覚だよvv」
『・・・・・・は?』
「ふふっ、思い出しただけで笑っちゃう。だってあんまりにも誤魔化しきれてない嘘で」
「だからっ、もう忘れてよ!!」
不二はふふっと笑った。そして千石の目の前に指を突き出す。
「しかも君、僕の前で平和主義の真面目な子を装ってるでしょ?」
「・・・え・・・」
「分かってるんだよ。どうやったらオレンジ色の髪で真面目な奴だと思えっていうの?」
千石の体中からどっと冷や汗が出る。やっぱり別れるとか言われるのだろうか?それはそうだ。不二は暴力が嫌いに違いない。
「でもねっ、待ってよ!俺べつにいい子ぶってるわけじゃないし!!つまりは不二のこと大好きだからあのっ・・・別れるなんて言わないで!!」
「・・・・・・は?」
逆に不二はあっけにとられた表情をした。誰もそんなことなど言っていない。
「なるほどね」
そしてにやりと微笑む。何か企んでいる不二に気付いた千石。さらに冷や汗が吹き出る。その瞬間。
―――ボコッ!!
千石のみぞおちに不二の拳が炸裂する。千石の目にはその一部始終が見えていたが、有り得ないほどに早くてとめられなかった。
「っ痛・・・」
思わず腹部を抱えてしゃがみ込む千石。それを見て不二はまたもくすくすと笑った。
「僕だって別にいい子な訳じゃないよ。そんな事言うわけないでしょう」
「不二君、パンチがすっげー重い・・・」
それを聞いて楽しそうにまた一笑する不二。そして。
「お詫びにこれあげる」
ふわりと風が吹くように、倒れこんだ千石の額に柔らかい何かが触れる。羽が掠めたくらいに感覚はない。でもそれは確かに不二の唇だった。
「不二君・・・」
驚いて千石が見上げる。
「もう1回して!!」
「嫌」
「お願い、もう1回!!」
「嫌」
「なんでもするから!!」
「嫌」
end
ネタがないままSS書いたのって初めての気がします。でもいつもSSを書くときはテーマ(例えば塚不二だと“喧嘩”みたいに)しか考えないのでネタがないまま書いてるようなもんですかね(笑)