誰もいないテニスコートに、1人の少女と少年が立っていた。少女はテニス部なのだろうか?小柄な体に似合わないくらい大きなテニスバッグを背負い、真っ赤になって俯いている。かたや少年は驚くほど整った顔立ちだった。優しそうな瞳で、その少女を見つめる。
「どうしたの?」
知り合いなのかもしれない、2人は。なかなか話し出そうとはしない少女を見かねて、少年は目線を少女の高さまで持っていく。つまりすこしかがんでみせた。
「あの・・・あのね、佐伯君・・・私・・・あの・・・好きです!付き合ってください!」
よく、あることだった、少年にとっては。
当たり前だ。その容姿では誰もが放っておくはずがない。ただ、それでも少年はいつも誰に対しても返事は同じだった。
「ありがとう、でもごめん。俺、忘れられない人がいるんだ」
あらかじめ準備されたような返事。でもそれに嘘偽りは無かった。
「え・・・」
「片想いだけど、でも諦められないんだ」
かつての、恋人を。楽しかったあの時を。
誰かに奪われてしまう前のあの人が、忘れられない。
「そ、か・・・。いいの、忘れて!佐伯君はその人と付き合えたらいいね!」
少女は悲しそうな顔をする。でも無理に笑顔を作って見せた。
「・・・そうだね」
「それじゃ!!」
少女は早口にまくし立てると走ってどこかへ行ってしまった。きっと、涙をこらえきれなかったのだろう。
「悪いことしちゃったな」
「本当にね。今の子、泣いてたよ?」
1人だけのはずのコートに他の声が響く。自分よりも高いその声のキーは、耳に入らなくなった今でも誰もものか分かった。
「・・・不二・・・」
忘れられない人がいるんだ
片想いだけど、でも諦められないんだ・・・
ONE MORE TIME
『佐伯君、お布団持ってきたからこれを使ってね』
周助の母と姉が、虎次郎の分の布団を抱えながら周助の部屋にくる。
『あ、気を遣わせちゃった。ごめんねおばさん』
いつものことなのに、それでもいつも虎次郎は同じ返事を返した。しかし、今日はいたずらっぽい目で、周助の姉が母をみやる。
『ふふっ、気を遣うなら2人を一緒のベッドで寝かせた方がいいんじゃないの?』
『また・・・姉さんはつまらないことを』
それを聞いて逆に周助は姉を少し睨んで見せた。もちろん本気ではない。だから彼女は悪びれもなく微笑む。
『気にしなくていいのよ、佐伯君。いつものことじゃないの。でももう頻繁にこうやって布団を運ぶこともできなくなるかと思うと寂しいわね』
寂しそうな顔をする周助の母に、虎次郎は慌てて笑顔を作って明るく言う。虎次郎の、こういう所が優しいと言われる要因のひとつだ。
『だーいじょうぶだって!俺おばさんの作ってくれる料理大好きだから、毎週でも食べに行くよ!』
『あら、可愛い事を言ってくれるのね。うちの子とは大違いだわ』
『悪かったね、味覚オンチで・・・』
そしてバツが悪そうに周助は顔をしかめた。
『それじゃ私達は失礼するわね。行くわよ由美子』
『はぁーい』
同時に周助は彼の部屋でずっと虎次郎とゲームをしていた弟にも声をかける。
『裕太ももう寝なさい』
『嫌だ!だって明日でもうサエ兄とは会えなくなるじゃんか!!』
だが弟ときたらまるで周助のいう事など聞く耳持たずだ。周助はふう、とため息をつく。
『今生の別れじゃないんだから・・』
困った顔の周助を見て、虎次郎は苦笑した。
『お兄さんを困らせちゃ駄目だぞ、裕太君。もう寝よう?俺と不二ももう寝るからさ』
『・・・サエ兄が言うんなら寝る・・・おやすみなさい』
『おやすみ、裕太君』
周助が何を言っても聞かないというのに、弟の裕太は虎次郎が言う事はちゃんと聞くのだ。周助はまたひとつため息をついて天に両手を上げ、お手上げのポーズをした。
『僕より君をお兄さんだと思ってるんじゃない?』
『違うよ、不二』
虎次郎はそれを見て自分の顔の前で手を振り、違うよ、という合図をすると笑う。
『不二はあまりに完璧な子だからついつい裕太君も逆らいたくなっちゃうんだよ』
『それってつまり・・・僕が兄として見られてないって事なんじゃない?』
『ううーん、うまく言えない・・・』
『佐伯君らしいけどね』
くすっと肩を少し震わせて、そして小首をかしげて笑う周助の癖。それを真似て虎次郎も首をかしげて笑った。
虎次郎は不二家にとって家族も同然だった。確かに単なる友達だし、従兄弟でもなければ幼馴染でもない。だが周助よりも虎次郎の方が可愛がられてるんじゃないかと思うほどなのだ。
でも明日からはもう、こんなに時間を共に過ごすことはできない。それを思うとお互いの笑顔が急に消える。
『もう会えなくなるね』
先に口を開いたのは周助のほうだった。
『またー、不二までそういう事言って。千葉と東京じゃ全然離れたって気がしないよ』
呆れたような声で返事をする虎次郎に、周助は苦笑いを向ける。
『でも・・・今までのように毎日は会えない』
『・・・・・・』
いつからだろう。こうやってお互いの家によく泊まるようになったのは。いつからだろう。これほどまでになかよくなったのは。
そして。
いつからだろう。こうして、恋人同士になったのは。
一緒にいることが当たり前すぎて、原点が思い出せない。そしてあまりに当たり前すぎて、遠くもない距離なのに、それがまるで海の向こうのように感じてしまう。
『俺、毎週不二に会いに行くから』
誰も入り込むことができない位、仲が良くて。そして子供同士であったからかもしれない。薄汚れた肉体関係も存在しなかった。
友情と紙一重の恋。
『僕だって、行くよ』
それでも、確実にその感情は本物だ。偽りなど何もない純愛そのもの。
『だから僕が君を好きだという事を忘れないで』
忘れないよ、そんな在り来たりな返事が返って来ない。
『・・・不二、これあげるよ』
そう言って虎次郎はバッグの中を漁った。中から出てきたのはピンクの包装紙に包まれ、赤のリボンで飾られている手のひら大の箱だった。
『うわぁ、すっごい少女趣味・・・』
絶句する周助を見て、虎次郎も恥かしそうにふてくされる。ちろり、と周助を見やると弁解のように額に手を当てた。
『そう言うなって。俺だって恥かしかったんだから。“彼女へのプレゼント?”とか言われてさ』
『まあ、あながち間違いじゃないんじゃない?』
『包みはいいから開けろよ』
虎次郎はそう言って照れ隠しに急かす。言われて丁寧に包みのテープをはがしながら出てきた箱を開けると、中に入っていたのは発泡スチロールで動かないように鉢が固定された、プレゼント用の小さなサボテンだった。
『サボテン?』
周助の握りこぶしの1/4くらいしかないそれは、それでも毅然として大気に針を伸ばしている。
『ふふっ、可愛い』
手の平にのせて見つめる不二に、虎次郎も再び笑顔になった。
『サボテンって結構栽培が大変なんだよ。俺が思うに育てるのが楽だなんて嘘だね。だって俺、今まで3つも駄目にしちゃったもん』
『大量虐殺だね』
『そんな物騒な』
笑いながらも周助はそれを窓辺に置く。
『だからさ、それを俺だと思って・・・・・・っつ』
最後まで言葉は口にできなかった。飲み込まれた言葉をもっともっと上回ること。
『ビックリした?僕が君にキスしたの初めてだもんね』
言葉に出されて何が起きたのかようやく虎次郎は理解する。今までどんなにしたくても、どんなにいとおしいと思っても、勇気が出なくてなかなかできなかったそれを今、してしまった。
急激に全身に血が回り、真っ赤になる虎次郎を見て、周助はさも可笑しそうに笑った。
『もっと驚かせてもいい?』
『今度は何だよ』
うらめしそうに見やるが、周助は額をコツンと当てて、少女のような、でも有り得ないくらいに秀麗な顔を近づける。
『抱かせて?』
『えぇっ、本気!?・・・・・・え、えーっと・・・いやだ(きっぱり)』
思いも寄らない返事に、不二は眉間にしわを寄せて不快感を表した。が、段々とその綺麗な顔が曇りだし、悲しそうな色に変わる。
同時に虎次郎の顔色も変わる。が、それは俗に青くなると言うやつだ。
『違うって!!違うってば不二!!』
泣いてしまうんじゃないかと思い、慌てて顔を覗き込む。行動に挙動不審が重なって、より慌てているのが窺えた。ふいっと目をそらされてしまう所が、また罪悪感を掻き立てる。
『そうじゃなくてさ・・・つまり・・・もー、こういう事だよ!』
俯いた周助の唇に、虎次郎が同じそれを重ねる。唇が離れた時、虎次郎の目に映ったのは、普段にこにこと笑ってあまり瞳を晒す事のない不二が、びっくりしてその空色の瞳を露にしている所だった。
『“ビックリした?僕が君にキスしたの初めてだもんね”』
先程周助が言った言葉をそっくりそのまま真似て、虎次郎はにこっと笑う。
『“もっと驚かせてもいい?”』
何が言いたいのかは、もう言わずとも知れている。周助は“バカ”と言って可笑しそうに笑うと、先程の虎次郎の言葉を真似た。
『“今度は何だよ”』
『“抱かせて?”』
『“えぇっ!?・・・・・・え、えーっと・・・いやだ”・・・なんてね。仕方ないからいいよ』
『なっまいき〜!』
そして再びキスをして、ベッドへと倒れこむ。
こんな平穏が崩れるなんて思いも寄らなかったのに・・・。
でも。
離れるということは上手くいかないという事で、2人は満足に会うことはかなわなかった。周助が転校した青学も、そして虎次郎がいる六角中も、どちらも所属している部活がテニス部。そしてテニス部といえば、各校ともに名門だったため、休みなんてテスト前くらいしかあるはずがなかった。
『不二、俺今週も部活でそっちに行けないみたい』
『僕も同じ。・・・ねえ、佐伯君』
そして、周助は遠距離という名の恋愛に、ありふれたとどめの言葉をさす。
『いい加減、別れない?』
『・・・・・・え?今、なんて・・』
『新しい恋人が、できた。同じ部活の仲間なんだけど』
予想はしていた。きっと、いつかこうなるだろうということを。だから驚きはしない、そう思っていたはずなのに。
虎次郎が言葉を紡ごうとしても声が出ない。脳さえも、考えることを拒否していた。
嘘、だろ?
だって俺たち、あんなに仲が良くて、誰かが踏み込むなんてできなくて・・・冗談なんだろう?
『そっか・・・。わかった』
『ごめんね』
『仕方ないよ、会いに行けない俺も悪いんだ』
「どうしたの?ぼんやりして」
「あ、いや」
かつてのことを、思い出していた。楽しかった頃の、丁度2年前の事を。
「久しぶり!不二」
すぐに虎次郎は笑顔を向ける。それは普通を装うためと、同時に周助に罪悪感を抱かせないためでもあった。
「うん。すぐに君だって分かった」
「本当に!?俺そんなに変わってないか?」
「身長は伸びたけどね。でも全然変わってない」
「本当に?不二は変わってないな。身長が小さいところも」
「うるさいなぁ、結構のびたんだから!」
忘れられないんだ。君のことが・・・不二のことが。
何で、全然変わってないんだよ。その綺麗な顔も、そうやって拗ねる所も、冗談を言い合えるところも。
忘れられない人がいるんだ
片想いだけど、でも諦められないんだ・・・
そう。
諦めた訳じゃないんだ。決して・・・。
不二誕生日企画第1弾です!!絶対かいらんちゃんと話がかぶってる自信がある!!(笑)絶対佐伯って不二の元カレですよ!!譲れません!!だってあんなに不二が心を開いているなんておかしいもん!!佐伯かっこいいもん!!(関係無い)
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