flower
「すっかり葉桜になっちゃったね。」
部活後、いつも通りに手塚と不二は共に下校した。
手塚が参考書を買うから、と本屋に立ち寄る途中にあった自然公園の前にさしかかったときに不二がつぶやいた。
「そうだな・・・。少し帰りが遅くなってもいいならちょっと散歩していかないか?」
めずらしい手塚からの誘いを不二が断るわけもなく、二つ返事で手塚の申し出を受け入れた。
「今年も花見できなかったね。何だかんだ忙しくて3年間1回も手塚と花見にこれなかったよね。」
「そんなに花見が好きなのか?
あんなわけのわからん酔っ払いばかりがいるような場所、俺は好かないが。」
いかにも手塚らしい返事がきけて不二は嬉しかったのかおもしろかったのか、
いつもの微笑みとは違う手塚の前でだけする表情でクスリと笑った。
「何がおかしいんだ?」
「いや、手塚らしい答えだなって。」
不二はそう言いながらゴツゴツした桜の幹に触れ、桜の内側の声に耳を澄まし目を閉じた。
「桜の木の下には死体が埋まってるんだよね。」
「安部公房か?」
「たしかね。でもなんか分かる気がするなぁ。
あんなに綺麗な華を咲かせるんだもん。
人の血・・・気持ちでも吸ってなきゃこんなに人をひきつけられないでしょう?」
「そうかもな・・・」
2人の会話が途切れた間を埋めるように風が吹き、桜の葉がザワザワとゆれた。
「桜は散り際が1番綺麗だよね。
もし今この桜が満開だったら、さっきの風で散って綺麗だっただろうな・・・。」
手塚に話しかけているわけでもなく不二はしゃべり続ける。
「僕も散るときは潔く、しかも綺麗に散りたいな・・・。」
ぼんやりと桜の木のてっぺんを見上げる不二の目に映っているのは目の前の桜でも手塚でもなく、
部活中の越前を見守る手塚の目だった。
今まで見たときもない手塚の一瞬の微笑。
その目線をたどれば必ず越前がいた。
「不二?」
手塚の声で我にかえった。あやうく心の中に渦巻くドス黒い気持ちに飲み込まれるところだった。
「あぁ、ごめん。本屋、行こうか?」
「あぁ・・・。」
2人はまた本屋に向かって歩き出した。
お互い何も話さず、聞こえるのはサワサワよこすれあう葉桜の音だけだった。
「あ・・・。」
5分ほど歩いて不二がようやく口を開いた。
不二が指差した先にはみごとな藤棚のついた東屋があった。
「すごいキレイ・・・。」
不二はフラフラと花に誘われるように東屋の方へ歩いて行った。
見事な薄紫色の花弁が重なり垂れ下がる東屋の屋根は散歩している間にでてきた月と
9割沈んだ太陽の光の中で艶やかな光を放っていた。
「キレイだね・・・。」
薄紫色の花に手を伸ばし、花をそっとなでるように触れ、不二は手塚の方を向いた。
「あぁ、綺麗だな。」
不二の目をじっと見つめながら手塚は不二のいる東屋の方へ近づいてきてそっと手を伸ばした。
伸ばされた手は花ではなく不二の色素の薄い髪に触れた。
「本当に綺麗だな、フジ。」
「でしょう?」
「お前のことを言っているんだが。」
「え・・・?」
手塚の思いがけない言葉に不二は返す言葉もなく、自分の頬が赤く染まっていくのを感じた。
「”不二”の方が綺麗だと言ったんだ。」
不二からの返答を遮るかのように手塚は不二の唇を自らの唇でふさいだ。
藤の花のむせかえるような甘い香りの中、
手塚は不二の口の中に自らの舌を入れからめとるような口づけをした。
「ん・・・ふぅっ・・・っっ。」
手塚の口づけと藤の花の濃厚な香り、どちらに酔わされたのだろうか。
不二の頬は紅潮して目は涙目になっていた。
「不二・・・。」
ようやく不二の唇から自分の唇を離した手塚は不二を引き寄せ、軽く抱き締めた。
「もう、優しくしないでよ・・・。」
涙目だった不二の目からは1粒、2粒と涙がこぼれおちていた。
「不二?」
手塚の胸をグイと押し、涙があふれでる瞳で不二は手塚の目を見た。
「君にはもう僕は必要ないじゃないか。こういうことは越前にしてあげなよ。」
最後の方には手塚の目を見ることができず、うつむいて不二は声をしぼりだした。
さっき胸の奥にしまったはずの黒いカタマリが涙と一緒になって外に出てきた。
「不二!!」
部活のときのような強い口調で手塚は不二を一喝し、両肩を掴み、まっすぐに不二の目を見た。
「何を勘違いしているのか知らないが俺にはお前だけだ。
俺のお前への想いは桜や藤のように簡単に散るようなものではない。」
「手塚・・・?」
「今だって、お前が藤の花にさらわれるのではないかと不安になった。お前があまりに綺麗だったから・・・。」
手塚は恥ずかしさのあまり不二から目をそらし背中をむけていたが、
後ろから見ても手塚は耳まで赤くなっているのがわかった。
不二は口下手な手塚が自分への想いを伝えてくれたことが嬉しくてさっきとは違う涙がでそうになった。
「ふふ・・・。じゃ、手塚今度こそちゃんと本屋に行こう?」
手塚はまだ不二に背中をむけていたが、スッと後ろに手を差し出した。
「さぁ、早く行かなければな。」
そっと手塚と不二は手をつなぎ月明かりと街頭の下、公園を通り抜け本屋へむかった。
END
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