蒼い月
綺麗な月夜は人を狂わせる。
虚空に浮かぶ月が躰の中にいる獣をクスクス笑いながら揺さぶり起こす。
「さぁ、僕を抱いて罪の意識に溺れるがいい」
そんな幻聴まで聞こえてくる月夜に彼、不二周助は必ず現れた。
彼自身が月の分身であるかのようにクスクス笑い、意識的無意識的にオレの獣を飼い馴らし、自在に操りだす。
「僕を抱く勇気がキミにあったらとっくに僕はキミのモノさ。手塚」
目元に意味ありげな笑みを浮かべ不二が一人言葉を堕としてゆく。
毎日変わる月の表情のように不二は気まぐれだった。
時には甘えてみたり、時には娼婦のように誘いをかけてみたり。後者の彼は酷く艶かしく、
獣たちは一斉に紙の砦を目指して走り出していった。紙の砦は自制心。
「キミが僕を見る目はまるで満月のときのキミを見ているようだよ」
そう耳元で囁いて、小悪魔的に笑う。クスクスと月が其処へはいけない人間の哀れさ、
醜さを嘲り笑うように不二は笑う。重力に縛られ、
醜くもがくオレは月のような不二にとって嘲笑のネタくらいにしかなれないのかもしれない。
蒼い月のような蒼い瞳で不二がオレを見つめる。
綺麗な蒼い月・・・。
誘うような蒼い瞳。
すべてを貫き通す月の厳しい輝きを持った不二の瞳はオレを駆り立てるように双眸を覗き込んでくる。
クスクス笑いながら差し伸べた手の間をするりと絹が滑るように逃げていく。
「キミに何ができるっていうの?」
期待と絶望が入り混じった瞳で見上げられる。
「キミに僕は救えない」
悲しい色を放ちながら目の前の蒼い月は雫を零す。
はらりはらりと不二の白い頬を伝い、二つの蒼い月が涙を零す。
ぽたり ぽたり ぽたり
雫はとめどなく流れては堕ち、不二の睫毛を濡らし深い影を表情に堕とす。
「だってキミはいつまでも僕と一緒にいられるわけじゃないもの」
蒼い月が泣いている。人恋しくて涙を流す。
紅い空、独りは辛いのだと涙を流す。
蒼い月に釘付けになったオレの瞳、心、躰。
「不二・・・」
そっと肩に手を置き、その華奢さに目をみはる。
少し力を込めると壊れそうな肩。脆弱な月の光が二人を照らす。
二人の重なり合うシルエットがアスファルトに焼きつき、見開かれた不二の双眸からは蒼い月が顔をだす。
蒼い月に浮き彫りにされているのは欲望で深紅に染まったオレの瞳。
蒼い月に最後に映ったのは真っ赤な獣の瞳。
「お前が望んだんだぞ・・・?」
娼婦のような仕草で。月のような美しさで。猫のようなきまぐれで。
お前が誘った。
お前が望んだ。
「いやぁ・・・っ」
無理矢理抱いたその華奢な腰。折れそうな腕。
おもしろいくらいに反応を示す不二の躰。
月夜は人を狂わせる。狂わされたのはオレの精神。
狂わせたのは不二の蒼い瞳、そう、まるで蒼い月のような。
END
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