アクアリウム
部活も終わった夕暮れ時。
不二はいつも通り手塚と一緒に帰るために、
部活関係の書類を片付けている手塚の向かい側に座って一人、
また一人と帰っていく部員たちににこやかに手を振っていた。
「バイバーイ不二」
「うん、バイバイ英二。宿題忘れないでね〜」
「うにゃ!今思い出した!どうしよう大石!?」
「こりゃタイヘン・・・。ハハハ」
和やかにみんなが夕日に溶け込んでいくのを不二は目の端で見送り、
うつぶせになって自分の腕に頭をうずめた。
静かに二人の時は過ぎる。
二人の間でする音はパラパラと手塚が書類に目を通している音だけだった。
その静けさを先に破ったのは不二だった。
「手塚、今度の土曜ヒマ?」
腕の中にうずめた頭をゆっくりともたげて不二はじっと上目づかいで手塚を見つめながらゆっくりと聞いた。
「え?ああ、予定は何もないが」
「一緒にでかけない?部活も休みだし、テストも当分ないしさ」
「別にかまわないが。さ、書類も片付いたからな。帰るぞ」
「うん・・・・・・」
二人の間にはいつも不思議な沈黙がまとわりついていた。
二人がはしゃいで話すようなタイプではないからだろう。
海の底の静寂のような、優しく穏やかな心地のよい沈黙がいつも二人の前に横たわっているのだ。
『土曜日正午、青春台水族館前』
翌朝、手塚が教室につくと机の上に不二からのメモが置いてあった。
「了解」
手塚は誰にも気づかれないような小声でつぶやき、ほんの一瞬、口元を緩めた。
ほの暗い闇の中に青い水槽が映画のように浮き上がっている。
たゆとうように水面がきらめく。
二人の頭上を魚が通り過ぎ、流れるように影が動く。
キラキラと青い光が目に入り、暗闇の通路を歩いていると自分が水槽の中にいて、
魚たちが自分をみているのではないかという錯覚に陥る。そんな中を二人は歩いていた。
「そういえば不二、ここの入場券はどうしたんだ?」
待ち合わせ場所に着くなり、手塚は不二に入場券を渡されたのだ。
「おごりとかはそういうのは俺の性分ではないからな。
もし、不二が出したのだしたのなら俺の分は払わなくては」
どこにいても、どんな場所でも手塚は手塚なのだと思わされる発言に
不二はクスクスと笑いをこぼさずにはいられなかった。
「気にしなくてもいいよ。僕のも手塚のももらいものだから。」
「もらい物?譲ってもらったのか?」
「うん。大石がくれたんだ。」
「何故大石?いいのか?アイツは趣味からして水族館好きだろうに」
「うん。なんかね、大石と英二も今日でかけるみたいでね。
大石はココに来ようと思って券買ったらしいのね。なのに英二ったら動物園に行きたいってダダこねて。
そこで結局動物園に行くことにした、ってこの間大石が券くれたとき言ってたよ」
「菊丸らしい話でもあるが、大石らしい話でもあるな・・・」
ククク、と手塚が口を手で覆って笑っている。そんな風に笑う手塚を見るのは初めてだ。
なんだか不二は無性に嬉しくなっていつもよりもっと微笑まずにはいられなかった。
「あ、日本海の魚だって。手塚の釣った魚とかあったりして」
不二は水槽のガラスにペタリと密着して青い水とまぶしく揺れる太陽の光の中をキラキラ煌く魚を見ていた。
「あるわけないだろう」
手塚は厳しい口調だが、優しげな表情で不二に切り替えし、そっと不二の隣に立った。
水族館の通路は真っ暗なため、
水槽から入ってくる光が届かない場所ではお互いの顔もベールを被ったように見えるので、
手塚は不二の顔を見ようと足を踏み出したのだ。
水面に輝く光が水底まで届き、光の加減で不二の色素の薄い肌と髪がますます透明感を帯びているように見えた。
「ねぇ、もし今ここで水槽が全部割れたらどうする?」
不二は水槽をじっと見ながら聞いた。
「オマエの質問はいつも唐突で突飛だな。そんなの分からん」
手塚は半ばあきれ顔で不二を見たが、不二の目は真剣だった。
「ここで2人、割れた硝子と魚と水と太陽の光の煌きに飲み込まれて・・・。
二人一緒に水底に沈んでいくんだ。そうすればずっと一緒でしょう?」
ようやく手塚の方を振り向いた不二の目の端にはキラリと涙が一粒輝いていた。
「不二・・・?」
「それで二人で一緒に海に溶け込んでいくんだ。いつまでもどこまでも一緒にいられるでしょう?」
手塚にむけられた不二の目は痛いくらいに純粋で。手塚への想いが全て込められた目をしていた。
あまりにキレイな不二の目から手塚は逃げた。キレイすぎて目を逸らしてしまった。
自分が不二へ抱いている気持ちを、不二も自分へ抱いているのかと、
振り向き、不二の視線を受け止め、想った。
そして自分の気持ちを告げる代わりに
「そうだな、二人で深海の底に沈む藻屑になってもいいかもな」
と呟き、そっと触れるだけのキスをした。
「さぁ、次は何を見に行こうか?」
水槽からもれる光が作り出す二人のシルエットは優雅に水中を舞う魚のように重なり合い、
自らも魚のように流れに身を任せ水族館の奥へと消えていった。
END
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